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【書評】末法臭くない幸之助本! 戦前のラジオ放送と松下幸之助

松下幸之助と言えば、経営の神様と謳われた名経営者である
ビジネス書という一ジャンルから独立した、幸之助本ともいうべき一つのコンテンツ市場が出来上がっており
その経営哲学や人生について書き綴られた本を読んだことのあるビジネスパーソンも多いのではないだろうか
当方もそうした幸之助本を読み

作業用BGMとしても講演動画を視聴してきた者の一人でもある

そのうち「本当に読むべき幸之助本」とでも銘打ってエントリーを書きたいものだが
そういった中で、幸之助を扱った本の特徴的なものが、ある種の「末法臭さ」にある
一代で世界に名立たる家電メーカーを築き上げたという偉業は、紛れもなく

賞賛に値するということは言うまでもないが
何やら、幸之助の業績やその人格性の正の側面だけをトリミングして

ビジネス書という、出来上がった雛形にプレスされて加工されたというような、あの感じ

もっとその実像に迫るものはないのだろうかと思って本書を手に取った次第だ
本書はそうした書籍とは違った幸之助の根底に流れる思想体型はいかにして形成されていったのかという過程を詳細なインタビューと多大な資料からつぶさに表した学術書
幸之助の最終学歴は小学校中退で、本人自身も読書習慣はなかったと側近は証言している。また、財界に師と仰ぐような人物もいなかったことから独学の人だった
PHP運動にみられるような、宗教性をも帯びたその思想は、どこから来たのか?

それを解き明かすにあたって本書が注目したのが新仏教運動

。新仏教運動とは、福沢諭吉に代表される当時の知識人によって、西洋思想や技術がインストールされる明治期に、その反動として
それを憂いる仏教界によって興された宗教運動だという
当方は高校時代に日本史Bを専攻していたのだが、資料集にも用語集にも載っていなかったように思う。こうした運動自体が存在し、そして日本を憂いて
仏教界が奔走をしていたというのは驚いた。本書に記述される当時の運動家も、その名を殆ど知られていないというのも、思うところがある
後世に何が残って、何が残らないのかはわからないものだ
かような仏教ルネッサンスとも称された一連の運動は、当時としては新興のメディアであったラジオで、その発信は展開されていく
そうした宗教ラジオの影響を、幸之助は受けてきたのではないかという考察が本書の中核だ
幸之助と宗教というくくりで思い出したのは、以下のエピソードだ
幸之助は、とある宗教都市に招かれ、信者の奉仕活動の熱心さに驚いた。お金ももらっているわけでもないのに働いているのである。それも楽しそうに。利他主義からなる理想と使命、その秘密の源泉とは何なのか?幸之助が感銘を受け、まもなくして着想したのが水道哲学
ちなみにこのある宗教都市というのは、天理教のことだ。なぜか本書以外の書籍では、その固有名詞が出ないままぼかされることが多いのだが
ググったらわかることである
昭和史にラジオという声の文化が思想や生き方に寄与した影響ということを、総括する形で本書は締めくくられている
元は学術書ということで、一般読者である当方としては、まだ読みづらいという印象は拭えなかったというのはある。ページ数も400ページと多い
しかしこれまでとは違った切り口で幸之助の実像に迫るということでは大変興味深いものがあった。今となっては希薄となってしまったラジオ文化は声の文化として教養面でも深い影を落としていたということ。西洋文明に反する形で展開された新仏教運動。そして、時代の交差点に立ち、時代そのものを読むことができたのが松下幸之助という人だったのだと思う。いち早く時代の流れの変化に気づき、即座に行動し、その差で、稼ぐ
野性的とも称された嗅覚、そしてそれを下支えしていたのは宗教的な観念だったのか
経営者と宗教者は似ている

占い師とメンタリストが従兄弟だとしたら、兄弟くらいこの両者は、近い

戦前のラジオ放送と松下幸之助

戦前のラジオ放送と松下幸之助